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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)5554号 判決

原告 加藤シチ

右訴訟代理人弁護士 円山潔

右訴訟復代理人弁護士 井田邦弘

被告 関口定吉

右訴訟代理人弁護士 安藤一二夫

右訴訟復代理人弁護士 那須忠行

同 中津市五郎

同 岡田豊松

主文

被告は原告に対し別紙物件目録記載(二)の建物を収去して同目録記載(一)の土地の内一二五坪(別紙添付図面中赤線にて囲んだ部分)を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

被告訴訟代理人は主文同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告と後藤稔とは大正一二年一一月婚姻したが、右稔は昭和二二年九月二四日原告と別居し荒川区尾久町四丁目一八五二番地に居住するようになり、昭和二三年九月二四日原告と稔とは協議離婚したものであるところ、稔は昭和二二年九月二四日右原告と別居するに際し、原告との間に稔は同日までに所有している全財産を原告に贈与する旨の契約を締結し、しかして別紙物件目録記載(一)の土地も当時稔の所有にかかるものであつたから、同日をもつて原告がその所有権者となつた。(右土地は当時地目は畑であつたが、昭和一三年頃より植木が植えられ、農地としての収穫は皆無であつた。)

二、稔は原告の再三の請求にも拘らず、その所有権移転登記手続をしなかつたので、原告はやむなく稔を相手方として、右登記手続を求める訴を提起し、(東京地方裁判所昭和三四年第三七八六号)第一審において原告勝訴し、稔の控訴に基き、東京高等裁判所において、昭和三六年三月二日原告と稔間に、稔は原告に対し昭和二三年九月二四日離婚に基く財産分与による贈与として右土地につき昭和三六年三月末日かぎり所有権移転登記手続をする等の和解が成立し、これにより、原告は昭和三六年四月一八日右土地につき所有権移転登記を経た。

三、しかるに被告はなんら正当な権原なく、別紙物件目録記載(二)の建物を所有して、同記載(一)の土地の内一二五坪(別紙添付図面中赤線にて囲んだ部分)を占有している。

四、よつて被告に対し右建物を収去して右一二五坪の土地を明渡すべきことを求めるため本訴に及んだと述べ、

被告の主張事実に対し、別紙物件目録記載(二)の建物が元小川竜一の所有で、これを内田次男及び被告が昭和三四年三月二五日右小川から買受け、内田名義で所有権移転登記を経たこと、被告と後藤稔が昭和三四年九月二五日被告主張の如き賃借権設定登記をしたこと、右建物について被告主張の如き抵当権設定登記がなされていたため、被告主張の如き経過で井出晴雄が右建物を競落し、さらにこれを被告が買受け、それぞれ被告主張の如く各所有権移転登記が経由されたことは認めるが、被告がその主張の如き賃貸借契約を後藤稔と締結したことは争う。のみならず原告は別紙物件目録記載(一)の土地の内前記一二五坪を昭和二六年一二月一日小川竜一に普通建物所有の目的、賃料坪当り一ヶ月金一〇円、期間二〇年の約定にて賃貸し、内田及び被告は別紙物件目録記載(二)の建物と共に右賃借権を譲受けたもので、被告等はその際地主が原告であることを承知しており、右譲受後、右賃借権の譲受の承諾を原告に求め、原告においてこれを考慮中であつたところ、さらに昭和三四年六月末頃には賃料を持参したが原告は未だ契約するにいたらぬので受領しなかつた。しかるに同年九月二〇日頃被告は塀のことで原告と紛争し、右賃借権の譲受が承諾されないとみるや、別紙物件目録記載(一)の土地の所有名義がたまたま未だ後藤稔名義であり、かつ昭和三四年五月一八日原告より右稔を相手方とする前記訴が提起されその係属中であるので、被告と稔はこれを奇貨として前記賃借権設定登記を経由するにいたつたのであるから、被告は原告に対し背信的悪意者であり、信義則上民法第一七七条にいう第三者に該当しない。原告が被告に対し右土地が稔の所有で、原告は右稔より一切の管理を委任されているといつた事実はなく、またかかることをいう筈もない、と述べ

立証≪省略≫

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、

別紙物件目録記載(一)の土地が昭和二二年当時、地目が畑であつたこと、右土地につき原告が昭和三六年四月一八日所有権移転登記を経たこと、被告が原告主張の建物を所有して原告主張の土地を占有していることは認めるが、右土地占有が正当な権原に基かないとの点は争う。その余の請求原因事実はすべて知らない。と述べ、

別紙物件目録記載(二)の建物は元小川竜一の所有であつたが、これを内田次男と被告が昭和三四年三月二五日右小川から買受け、右内田名義で所有権移転登記を経、右内田が一時居住した。しかして被告は昭和三四年八月一日右建物に入居すると共に、両日附で後藤稔との間に権利金はこれを金二〇万円とし、別紙物件目録記載(一)の土地を稔において賃料坪当り一ヶ月金一〇円、期間二〇年の約で、被告に賃貸するという賃貸借契約を締結し、同年九月二五日右土地につき右賃借権設定登記を経由した。しかるところ、右建物については、小川竜一において昭和三二年三月四日石神井農業協同組合のため抵当権設定登記をなしていたため、右組合は前記内田名義の所有権移転登記がなされた後、右抵当権を実行し、その結果昭和三五年七月二六日井出晴雄が右建物を競落し同年一二月二日所有権移転登記を経由したので、被告はやむなく昭和三六年二月六日右建物を井出より買受け、同日所有権移転登記をした次第にして、従つてかりに原告がその主張の如く別紙物件目録記載(一)の土地の譲渡を受けたとしても、被告の善意、悪意を問わず、原告は登記を経ない以上、右土地所有権取得をもつて被告に対抗し得ないのであり、右の如く被告は後藤稔との間に昭和三四年八月一日付で、別紙物件目録記載(一)の土地について賃貸借契約を締結して、同年九月二五日その登記を経由し、さらに被告は昭和三六年二月六日にはその地上に登記した建物を所有するにいたつたのであるから、右土地について昭和三六年四月一八日所有権移転登記をしたにすぎない原告に対し右賃借権を対抗し得ること当然である。まして被告が稔と右土地賃貸借契約を締結するにいたつたのは次の如き経過によるものであつて、すなわち、内田及び被告は右建物を小川から買受けた当時、その敷地は原告の所有で原告が小川に賃貸中のものであると信じていたので、原告に対し土地賃借名義の変更を出た次第であるが原告は昭和三四年五月頃被告に対し坪当り金二万円の権利金を要求したので、被告等は適当な金額への減額を求めるため調停申立をなすべく、敷地の登記簿を調査したところ、意外にも登記簿上後藤稔の所有であることが判明した。そこで直ちに同人を訪ねて確かめたところ、右土地は当初より稔の所有で原告の所有ではなく、原告が稔に無断で小川に権利金をとつて貸与した土地上の建物を被告等が買取つたのならば稔としても地主として被告等に土地の賃貸を認めるということであつた。被告等は右の如き調査をしたことは秘して昭和三四年六月末日、同年五ないし七月分の賃料を納付すべく原告を訪問したところ、原告は右土地の所有権につき目下稔と訴訟中であるからといつて受領を拒絶した。しかして昭和三四年八月一日被告が右建物に引越し庭の柵の手入をしていたところ、原告は被告に対し右の手入をやめるべきことを求めたので、被告は原告に対し敷地は稔の所有ではないかと問うたところ、稔より一切の管理を委任されておるが別に委任状の如きものはないとの答であつた。よつて被告は直ちに稔を訪問し、右敷地につき原告に管理を一任してあるか否かまた真の所有者は原告であるか等を質問したところ、稔は右敷地の所有者は自己であり、原告にこれを引渡したこともないし、また管理を委任したこともないとのことであり、原告は加藤シチ名義で、稔の土地管理人であるとして小川から賃料を受領していたことも判明し、被告は右敷地の真の所有者は稔であることの確信を得たので、同人と前記土地賃貸借契約を締結するにいたつたものである。と述べ、

立証≪省略≫

理由

一、別紙物件目録記載(一)の土地は、昭和二二年当時その地目が畑であつたこと、右土地につき原告が昭和三六年四月一八日所有権移転登記を経たこと、被告が別紙物件目録記載(二)の建物を所有して原告主張の一二五坪の土地を占有していること、右建物は元小川竜一の所有で、これを内田次男及び被告が昭和三四年三月二五日右小川から買受け、内田名義で所有権移転登記を経たところ、右建物については小川において昭和三二年三月四日石神井農業協同組合のため抵当権設定登記をしていたため、右組合は前記内田名義の所有権移転登記後、右抵当権を実行し、その結果昭和三五年七月二六日井出晴雄が右建物を競落し、同年一二月二日所有権移転登記を継由し、被告が昭和三六年二月六日右建物を井出より買受け、同日所有権移転登記をしたものであること、被告と後藤稔が別紙物件目録記載(一)の土地について昭和三四年九月二五日被告主張の如き賃借権設定登記を経由したことは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫及び被告本人尋問の結果を綜合すれば、原告と後藤稔は夫婦であつたが、右稔は昭和二二年九月二四日原告と別居し荒川区尾久町四丁目一八五二番地に居住するようになり、昭和二三年九月二三日原告と稔とは協議離婚をしたもので、稔は昭和二二年九月二四日右原告と別居するに際し、原告との間に稔の所有する全財産(土地建物その他)を原告に与える旨の契約を締結したこと、別紙物件目録記載(一)の土地も当時稔の所有する土地として、右に包含され、これに基き稔は右土地を原告の全く自由な使用収益処分にまかせて、以後なんらこれを省みることなく、しかして右土地は右契約当時においては、その現況も畑であつたが、その後原告は後藤シチ名義で、右土地を昭和二六年一月一日小川竜一に対し普通建物所有の目的で賃貸し、小川は右土地上に別紙物件目録記載(二)の建物その他を所有するようになつて、完全に宅地と化し右土地が原告の所有に帰するにいたつたこと、しかして原告が昭和三四年五月稔を相手方として右土地につき所有権移転登記を求める訴を提起し、(東京地方裁判所昭和三四年(ワ)第三七八六号)、第一審において原告勝訴し、稔の控訴に基き東京高等裁判所において昭和三六年三月二日原告と稔間に原告主張の如き和解が成立し、これにより原告が昭和三六年四月一八日右土地につき所有権移転登記を経たこと、右和解成立にあたり、被告は原告が被告を右土地の賃借人として認めることをのぞんだが、原告においてはこれを承知せず、被告に関する問題は別途のこととして、なんらふれられなかつたことが認められ、証人後藤稔の証言中右認定に反する部分は信用し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三、≪証拠省略≫並びに原、被告各本人尋問の結果を綜合すれば、内田次男及び被告は昭和三四年三月二五日別紙物件目録記載(二)の建物を小川竜一から買受けるとともに、その敷地たる同目録記載(一)の土地の内の一二五坪(別紙添付図面中赤線にて囲んだ部分)の賃借権をも右小川から譲受けたものであり、被告は同年八月一日右建物に入居しこれに居住するようになつたものであるところ、右建物買受当時、被告は小川等より右敷地は原告の所有にしてこれを原告が小川に賃貸しているものと承知し、これに基いて、右買受後原告に対し右賃借権の譲受について、その承諾を求めたところ、原告より多額の名義書換料を要求され、被告において到底応じかねる金額であつたため、その承諾を得ることができず、さらに昭和三四年六月末日頃原告に対し賃料の支払方を申出たが原告は未だ契約するにいたらぬとして受領を拒絶したこと、被告は右の如く原告より多額の名義書換料を要求されたので、その対策として調停申立等を考慮しそのため右敷地の登記簿を調査したところ、偶々その所有名義が後藤稔名義であることを発見し、同人を訪ね、同人と面談するようになつたのであるが、当時原告と右稔とは明らかに別世帯をなし、小川の原告を地主とした右敷地使用はすでに数年に及んでいることでもあり、被告は原告がその固有な権限により独自の利益のために右敷地を小川に賃貸してきたものであり、右敷地が前記所有名義に拘らず原告の所有たるべきことを十分予期しながら、偶々名義が稔名義であることを奇貨とし、右敷地賃借権の譲受人として原告と交渉し、原告より多額の名義書換料を要求されているという立場を回避するべく、土地使用に関しては当時、全く関係せず、なんら知るところのなかつた稔に対し、別紙物件目録記載(一)の土地の賃借方をこころみ、稔においては、当初これを拒絶し、原告との間に前記訴訟が係属することをも告げ、その解決をみずして直ちに被告に右土地を賃貸することは到底できないとして応じなかつたが被告はしつようにこれを懇請し、稔に対し、原告より多額の名義書換料をいわれているが小川も亦原告から大分いじめられたとか原告自身稔が地主でその代理であると被告にいつた等と申し向けた結果、稔もこれに負け金円を取得できることでもあり、原告に対する反感もあつて、ついに被告に同調し、稔と被告とは昭和三四年九月頃、賃借人名義を従来の小川より被告に変更し、これに対する名義書換料を被告より稔に支払うものであると称し、これに基き右の名義書換料を金二〇万円とし、稔より被告に対し昭和三六年八月一日付で別紙物件目録記載(一)の土地を賃料坪当り一ヶ月金一〇円、期間二〇年の約で賃貸することと定め、同年九月二五日右土地につき賃借権設定登記を経由し、被告が右の金二〇万円を同年一一月三〇日より昭和三五年三月一日までの間に三回に稔に支払つたのであるが、金二〇万円という金額は、原告が名義書換料として被告に要求したものをはるかに下廻り、かかる金額をもつては被告においてその賃借権譲受につき原告の承諾を得ることは到底できないものであつたこと、原告が被告に対し、原告は右土地の管理を委任されている管理人である旨を述べたということは到底考え難く、被告は右土地の所有名義が稔名義であることを後に知つたこと前記のとおりであるが、被告が当初と異なり、右土地の所有者が稔であるとの確信を得るにいたつたということを首肯し得るに足るような事由を本件の場合見い出し難いこと、しかして原告は被告の賃借権譲受を承諾しなかつたが、それを理由として被告が別紙物件目録記載(二)の建物に入居しこれに居住することを格別阻止するようなことはしなかつたし、その後においても被告と土地使用に関し多少の紛争はあつても、稔との前記訴訟事件の落着をまたずして、被告に対し右建物を収去してその敷地を明渡すべきことを早急にせまるということもなかつたことをそれぞれ認めることができ、証人後藤稔の証言や被告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用せず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

しかして右の如き事実関係のもとにおいては、被告は、前記原告の別紙目録記載(一)の土地所有権の取得につき、登記の欠缺を主張する正当の利益を有しない者と解するを相当とすべく、従つて被告は原告に対し、前記後藤稔とした賃貸借契約をもつて、前記一二五坪(別紙添付図面中赤線にて囲んだ部分)の土地占有の正当権原とすることはできないというを相当とする。

四、しからば他に特段の主張がない以上、被告は原告に対し別紙物件目録記載(二)の建物を収去して同目録記載(一)の土地の内一二五坪(別紙添付図面中赤線にて囲んだ部分)を明渡すべき義務を免れず、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行は不相当としてその宣言をなさず、主文のとおり判決する。

(裁判官 園田治)

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